虚偽DV 親権のための法的テクニック 社会問題化「制度見直すべきだ」

虚偽DV 親権のための法的テクニック 社会問題化「制度見直すべきだ」

5/8(火) 7:55配信 産経新聞
 「より良い制度に向けた検討が期待される」。今回の判決で、福田千恵子裁判長はそう踏み込んだ。この提言は(1)DV被害者の支援制度が、子供と相手親を引き離す手段として悪用されている(2)加害者とされる側の権利を守る手続きがなく、虚偽DVの温床となっている-などの問題意識を反映したものだ。この判決は今後、制度の在り方をめぐる議論につながる可能性もある。
 子供をめぐる夫婦間トラブルで多い類型は、一方の親が相手親に無断で子供を連れ去り、その理由として「DVを受けていた」と主張する-というものだ。
 従来は、たとえ連れ去りの結果であっても、現在の子供の成育環境の維持を考慮する考え方(継続性の原則)などが重視され、連れ去られた側が不利となる事例が多かった。さらに相手からDVを主張された場合、子供との交流の頻度や方法を決める際にも不利に扱われやすいとされる。
 DV主張は覆すのが困難で、実務上、証拠が乏しくてもDVが認定されることが多い。実際、裁判記録などによると、DV認定を抗議した夫に警察官は「女性がDVを訴えたら認定する」と発言。法廷でも「支援申請を却下したことは一度もない」と証言した。
 この問題に詳しい上野晃弁護士は「こうした運用は愛知県警だけでなく、全国的に同様だ。警察は申請を却下した後に事件などが起き、責任追及されるのを恐れるためだ」と分析する。
 一方で近年では、「親権や慰謝料を勝ち取る法的テクニックとして、DVの捏造が横行している」「連れ去りをした側が有利な現状はおかしい」との指摘も出ていた。
 国会でも平成27年4月、ニュースキャスター出身の真山勇一参院議員が、現行制度下で子供の連れ去りや虚偽DVが横行している問題を指摘した。
 福田裁判長は「いったんDV加害者と認定されれば容易に覆らない現行制度は見直すべきだ。まず被害者を迅速に保護して支援を開始した上で、加害者とされた側の意見もよく聞き、その結果に応じて支援の在り方を見直していく制度にすれば、社会問題化している制度悪用の弊害を防げる」と指摘。司法府が立法府に注文をつけるのは異例だ。
 原告側代理人の梅村真紀弁護士は「(判決が)子供第一の協議が行われるきっかけになってほしい」と話す。
 妻側は既に控訴しており、上級審の判断が注目される。(小野田雄一)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00000068-san-soci

名古屋地裁>「誇張のDV被害、妻が面会阻止目的で申告」

5/8(火) 22:06配信 毎日新聞
 ◇妻と愛知県に55万円の支払い命令
 別居中の妻が虚偽のドメスティックバイオレンス(DV)被害を申告し、愛知県警の不十分な調査で加害者と認定され娘に会えなくなったとして、愛知県の40代の夫が妻と県に慰謝料など計330万円を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁(福田千恵子裁判長)は計55万円の支払いを命じた。夫側弁護士が8日、明らかにした。妻は控訴している。
 4月25日付の判決によると、妻が長女を連れて別居後、夫の申し立てで名古屋家裁半田支部が2014年、長女と夫の面会などをさせるよう妻に命じた。妻は16年、夫に住所などを知られないようにする支援を申請し、県警の意見を基に自治体が住民基本台帳の閲覧を制限した。
 判決は「DV被害は事実無根と言えないが誇張された可能性はあり、妻が面会阻止目的で申告した」と認定した。県警については、被害者の安全確保が最優先で多角的な調査を常に行う義務はないとしつつ「支援制度の目的外利用も念頭に置くべきなのに、事実確認を全くしなかった」と賠償責任を認めた。
 さらに「支援制度悪用が社会問題化している。加害者とされる者にも配慮する制度設計があるはずで、検討が期待される」とした。夫側弁護士は「支援制度の不備に踏み込んだ画期的な判決」と話した。【野村阿悠子】

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00000102-mai-soci

「同居する親が無自覚的に出している、元配偶者に対する嫌悪感や恐怖感を子どもが汲む形で、面会を拒絶するケースが多い」

私の気持ち=子どもの気持ち?「会わせたくなかった」母親の葛藤

 将来の見通しがないまま離婚してしまったことで、様々なトラブルが生まれるケースが増えています。専門家は日本の「家制度」がもたらす「離婚は世間にさらすべきではない」という考えが強く働いていると指摘します。子どもを巡って十分な話し合いがないまま離婚に踏み切った女性は「私の気持ち=子どもの気持ち」という考えにとらわれていたと告白します。離婚をとりまく「呪縛」について話を聞きました。(朝日新聞デジタル編集部・野口みな子)

同居親の顔色をうかがう子ども

 2017年に厚生労働省がまとめた調査によると、別居している親が子どもと会う「面会交流」が現在も行われている父親は約30%。過去に行ったことがあるという父親を含めると、未成年の子どもを持つ別居の父親の3人に2人が、現在我が子に会えていないことになります。
 共同養育コンサルタントとして、別居中や離婚後の父母の相談を受けているしばはし聡子さんは、面会交流に後ろ向きだった母親としての経験もあります。
 「まず相手と関わりたくないという気持ちが大きかったんです。離婚したら二度と関わらない他人になれると思っていたし、面会交流でやりとりが発生することに離婚の渦中は気づきもしませんでした。
 親同士の関係が続くことへの心の準備が全くできていなかったので、とにかく夫を避けることしか考えていませんでした」
 厚生労働省の調査によると、面会交流について夫婦間で取り決めをしていない理由としては「相手と関わり合いたくない」「相手が面会交流を希望していない」などが多いです。一方、「子どもが会いたがらない」という回答も一定数あります。
 しばはしさんは、別居している親に「会いたくない」という子どもの心理についても指摘します。
 「子どもは年齢に限らず、同居する親の顔色を非常によく見ています。子どもも生きていかなければならないので、同居親が悲しむことや機嫌が悪くなることはしてはいけないと思って言葉を選ぶ場合があります」(しばはしさん)
 離婚後の子どもの心理に詳しい大正大学の青木聡教授は「同居する親が無自覚的に出している、元配偶者に対する嫌悪感や恐怖感を子どもが汲む形で、面会を拒絶するケースが多い」と話します。
 「別居当初は、忠誠葛藤と呼ばれるお父さんもお母さんも好きで会いたいという感情に苦しむことになります。その苦しみが深ければ深いほど、苦しみを切り捨てて『親と会いたいと思っていない自分』に同一化していくんです」(青木教授)

「私の気持ち=子どもの気持ちと思っていた」

 しばはしさんは離婚に関する問題について勉強し、相談を受けるようになった頃、自身が面会交流の問題を乗り越えられていないことに気付きます。そこで、面会交流の支援団体にボランティアとして参加することにしました。
 「子どもの受け渡しの場所に現れたのは、能面のように怒った顔をした母親でした」
 子どもを預かり、父親のもとに連れて行くと、おとなしかった子どもははじけるような笑顔で父親に抱きついたといいます。子どもが父母の間で態度を使い分けているという現実を目の当たりにしました。
 「私は今までずっと父親と子どもの関係の邪魔をしていたんだ、と。私の気持ち=子どもの気持ちと思っている部分がありました。他の家庭を見ることで気付くことができました」
 その日のうちに、面会交流について元夫に連絡をしたというしばはしさん。
 「これまでの態度を非難されるかもしれない」--しかし、元夫から帰ってきた言葉は「ありがとう」でした。
 面会交流に前向きになってから元夫との関係もよくなったと言います。息子との会話でも父親の話題も出るようになりました。
 「それまで逃げると追われるで、離婚したのにずっとその呪縛から逃れられていない気がしていました。もっと早く乗り越えていればよかった。
 私自身が面会交流に後ろ向きな気持ちも理解できるので、相談に来た方には頭ごなしに『絶対面会交流するべき』と言うのではなく、『離婚しても、親子の関係は変わらない、親同士の関係も続く。夫婦と親子を切り離して考えていこう』ということを伝えていっています」

協議離婚「子どもにとって無責任な制度」

 離婚は「夫婦間」の問題と思われがちですが、それは日本の制度にも関係しています。
 日本の離婚のおよそ9割を占める「協議離婚」。夫婦間の話し合いで離婚の合意が得られた場合、離婚届を役所が受理すれば成立します。
 家族法に詳しい早稲田大学の棚村政行教授は「もともと日本は家制度によって、離婚はプライベートな問題として、世間にさらすべきではないと考えられてきた」と指摘します。
「家族の問題を家の中に押し込んだ結果、協議離婚は十分な話し合いや将来の見通しができないまま離婚できる、子どもに対しては無責任な制度になってしまったんです」
 2012年4月施行の改正民法により、離婚の際には「子どもの利益を最優先に考えて、養育費及び面会交流について協議する」旨の規定が組み込まれました。
 離婚届にも養育費と面会交流について夫婦間で取り決めが行われたかを問うチェック欄が設けられていますが、取り決めの有無が離婚の成立に影響することはありません。
 実際、2017年に発表した厚生労働省の調査では、元配偶者と面会交流の取り決めをしていると回答した割合は、父子世帯・母子世帯ともに3割を切っています。

親子関係、子どもが成人すれば終わるものではない

 子どもへの配慮は、年齢や発達状態、それまでの親子関係によっても変わってきます。もちろん、DVの有無が問われる場合は、特に個別に判断される必要があります。
 ただDVへの対応についても、青木教授は「日本は後進国中の後進国」と指摘します。
 「日本の場合、DVの被害者は逃げるしかありません。刑事的に扱うというのが当然だと思うのですが、加害者を野放しにしてしまっています」
 一方、「DVの一言で片付けてしまっている側面もある」といいます。
 「アメリカなどではDVを5~6種類に分類して、その内容によって面会交流の可否や制限を定めています。それも監護評価者がチェック項目やフローチャートを使えば判断できるほど、議論が進んでいるのです」
 青木教授は離婚を考える夫婦に「子どもを守ることを一番に考えて」といいます。
 とはいえ、離婚した夫婦の間のこと、お互いに子育てに協力し合うのは簡単なことではありません。関わりたくない元配偶者に子どもを会わせること、たまにしか会わせてもらえない子どもに養育費を払い続けること、いずれも無理をしていては長続きしないものとなってしまいます。
 「でも、そんなことを言っていたら、子どもが置き去りになってしまいます」
 親子関係は子どもが成人すれば終わるものではありません。自分や元配偶者が再婚することになったら、子どもに孫が産まれたら……一緒に住んでいなくてもそのときそのときで、子どもと向き合い続ける必要があります。
 「子どもに影響を与えるのは離婚そのものではなく、両親の争いや、突然の別れです。子どもの人生をもっと長いスパンで、親としてどう支え、守っていくのかという公平な観点が当事者にも支援者にも必要です」

https://news.yahoo.co.jp/story/930

ハーグ条約 「子の返還拒否は著しく違法」最高裁初判断

ハーグ条約 「子の返還拒否は著しく違法」最高裁初判断

毎日新聞2018年3月15日 16時22分(最終更新 3月15日 23時29分)
 国境を越えた子の連れ去り防止を定めた「ハーグ条約」に基づく裁判所の返還命令に従わないのは違法だとして、米国在住の父親が息子(13)を連れて帰国した母親に子の引き渡しを求めた人身保護請求の上告審判決で、最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)は15日、「父親の請求を認めるべきだ」として、父親側敗訴とした1審判決を破棄し、審理を名古屋高裁に差し戻した。

父敗訴の1審破棄

 最高裁は「裁判所の返還命令に従わず子を保護下に置くことは、特段の事情がない限り著しく違法な身体拘束に当たる」との初判断を示した。国内では、子を連れ帰った親がハーグ条約に基づく裁判所の返還命令に従わないケースが相次いでおり、最高裁は条約手続きの順守を強く促した形だ。
 判決によると、争っているのは米国で暮らしていた日本人夫婦。母親が2016年に息子を連れて帰国したため、父親がハーグ条約の国内実施法に基づいて東京家裁に息子の返還を申し立てた。家裁は返還を命じたが、母親は応じず、強制執行のために執行官が自宅を訪れた際にも引き渡しを拒んだ。
 父親は息子の引き渡しを求めて人身保護請求の裁判(2審制)を起こしたが、1審の名古屋高裁金沢支部は昨年11月、「息子は自らの意思で日本に残ることを選んだ」として請求を退けた。
 これに対し最高裁は、息子の意思について「11歳で帰国して母親に依存せざるを得ず、母親の不当な心理的影響を受けていると言わざるを得ない」と指摘し、本人の自由な意思とは言えないと判断した。その上で、息子の引き渡し手続きを行わせるために高裁に差し戻した。裁判官5人全員一致の意見。
 ハーグ条約は、親の一方が断りなく16歳未満の子を国外に連れ出した場合、残された親の求めに応じ、原則として子を元の国に戻さなければならないとしている。日本は14年に加わり、昨年10月までに98カ国が加盟する。【伊藤直孝】

子巡る争い、長期化回避

 ハーグ実施法の引き渡し命令を拒むことが原則として違法になると示した15日の最高裁判決は、子を巡る親同士の争いが長期化することを避けようとする狙いがあるといえる。
 外務省によると、同法に基づく裁判所の返還命令は今年2月までに23件出された。このうち6件で引き渡しの強制執行に至ったが、いずれも親の抵抗で実現しなかった。
 人身保護請求の判決に従わない場合は、2年以下の懲役や罰金の刑事罰が科される可能性がある。条約の手続きに詳しい山本和彦一橋大教授(民事法)は「今回の判決により、両親の争いが早期に和解や調停で解決されることが期待できる。返還命令が十分履行されないと言われる現状について、制度の再考を示唆したとも言えるのではないか」と見る。
 今回のようにハーグ実施法、人身保護請求と異なる裁判を繰り返す当事者の負担は大きい。弁護士の間では、ハーグ実施法の執行手続きが「厳密すぎる」との批判もある。子の利益を最大限に重視した上で、親同士の泥沼化する争いをどう決着させればいいか、更なる議論が求められる。【伊藤直孝】

https://mainichi.jp/articles/20180315/k00/00e/040/320000c

2018.3.15 15:18更新

子の返還拒否は「違法」 ハーグ条約最高裁が初判断

 両親の離婚などで国境を越えて連れ去られた子の取り扱いを定めた「ハーグ条約」実施法に基づく返還命令が確定したのに、従わないのは不当として、米国在住の父が日本在住の母に次男(13)の引き渡しを求めた人身保護請求の上告審判決で、最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)は15日、「返還命令が確定したにもかかわらず、子を拘束している場合は、特段の事情がない限り違法」との初判断を示した。父側敗訴とした名古屋高裁金沢支部判決を破棄、審理を高裁に差し戻した。
 5裁判官全員一致の結論。人身保護請求は不当に拘束された人の釈放を求める手続きで、ハーグ条約での返還が実現しないケースをめぐる初の最高裁判決。同種事案での返還命令に実効性を与えそうだ。
 同小法廷は、海外から国内へ連れ去られた子が「拘束」されているといえるかは、(1)子が意思決定に必要な多面的・客観的な情報を十分に得ているか(2)連れ去った親が不当な心理的影響を及ぼしていないか-などを検討して判断すべきだと指摘。父と十分に意思疎通する機会がなかったことなどから、次男は「拘束」されているとした。さらに、確定した返還命令に従わないのは原則、違法と判断。「父に引き渡すべきだ」として審理を差し戻した。
 日本人の両親は米国で暮らしていたが、平成28年1月、母が次男と帰国。父は実施法に基づき次男の返還を東京家裁に申し立て、返還命令が11月に確定した。

ハーグ条約  一方の親がもう一方の親の同意を得ることなく、子を国外へ連れ出すケースに対応するため、1980年に制定された国際ルール。国際結婚の増加に伴う子供の連れ去り問題に対応するために日本も加盟し、2014年4月に発効した。昨年10月現在、98カ国が締結している。16歳未満の子が対象で、原則として元の居住地へ返還するとしている。

http://www.sankei.com/affairs/news/180315/afr1803150038-n1.html

子の引き渡し拒否「違法」=ハーグ条約で初判断-米在住の夫が訴え・最高裁

 結婚生活の破綻などで国外に連れ去られた子供の扱いを定めたハーグ条約に基づく返還命令に応じないのは不当だとして、米国在住の夫が日本に住む妻に息子の引き渡しを求めた人身保護請求の上告審判決で、最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)は15日、命令に従わないのは「特段の事情がない限り違法」との初判断を示した。その上で、夫の請求を退けた一審名古屋高裁金沢支部判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。
 争っていたのは、米国で暮らしていた日本人夫婦。関係が悪化し、妻は2016年、米国生まれの次男(13)を連れて日本に帰国した。
 夫はハーグ条約に基づき次男を米国に帰すよう求め、東京家裁が返還を命令したが妻は拒否。執行官が引き離す強制執行にも抵抗したため、夫が人身保護請求の裁判(二審制)を起こした。
 第1小法廷は、国境を越えた連れ去りでは「子が意思決定に必要な情報を偏りなく得るのは困難」と指摘。妻側は「次男は日本での生活を望んでいる」と訴えたが、帰国時に11歳だったことなどから自由意思とは言えないと退け、不当な「拘束」に当たると判断した。
 その上で、返還命令に従わないのは原則として違法と判断。次男を引き渡すには法廷に出頭させる必要があるため、審理を高裁に差し戻した。(2018/03/15-19:17)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018031500919&g=soc

ハーグ条約基づく子の返還覆す 最高裁「養育環境悪化」

ハーグ条約基づく子の返還覆す 最高裁「養育環境悪化」

岡本玄 2017年12月28日18時26分
 子どもの引き渡しに関するハーグ条約に基づき、母が米国から連れ出した子を米国在住の父に返還するよう命じた裁判所の決定について、最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は「父親側の養育環境が悪化し、事情が変わった」とし、返還を認めないとする決定をした。決定は21日付。
 同条約は原則、連れ去られた子は元の居住国へ返還すると定めている。ただ、返還で子が耐え難い状況に陥る危険などがあれば例外としている。今回はこの例外が適用された形だ。外務省によると、同条約に基づき裁判所の決定の変更を求めた初のケースだったという。
 決定によると、両親は子4人と米国で同居していたが2014年7月、母が当時6~11歳の4人を連れて日本に入国。父は日本の家裁に子の返還を申し立て、16年1月に米国への返還を命じる決定が確定した。
 その後、父は競売で自宅を明け渡すことになったため、母は「決定の確定後に事情が変わった」として、決定の変更を求めていた。
 第一小法廷は「確定後、安定した住まいを確保できなくなっており、返還は子の利益にならない」と判断した。(岡本玄)

https://www.asahi.com/articles/ASKDX4SDZKDXUTIL01M.html

2016年1月に返還を命じる決定が確定しているのに、返還されないまま事情が変わったという連れ去り側の意見が通ったとか別居親に対してどこまで無理ゲーを強いるのか。

面会交流支援事業の対象者に関する質問主意書(2017/2/10)と答弁(2017/2/11)

平成二十九年二月十日提出
質問第六三号
面会交流支援事業の対象者に関する質問主意書

提出者  初鹿明博

面会交流支援事業の対象者に関する質問主意書

 厚生労働省が実施する「母子家庭等就業・自立支援センター事業」のひとつの事業に「面会交流支援事業」があり、現在、五自治体が事業を実施しています。
 この事業は離婚後、面会交流の取り決めをしていながらも、相手に対する感情や葛藤が理由で面会交流を実施できない父母に対する支援により、面会交流の円滑な実施を図ることを目的としています。
 民法の改正により、離婚にあたって面会交流の取り決めを行うことが求められるようになり、この事業の重要性は益々高まるものと考えます。
 しかしながら、実施状況をみると、各自治体ともに相談件数の一割程度しか実際の支援に結びついていないのが現状です。
 その理由として、面会交流の取り決めがされていない為に事業の対象外であったケースが多いと理解していますが、同居親もしくは別居親どちらかが児童扶養手当を受給しているか、同等の所得水準かという所得制限があることも影響していると考えます。
 そこで、以下質問します。

一 高葛藤のケースでも、第三者が介在することにより、面会交流を安定的に行うことが可能となります。この事業が、離婚後も父母と継続的な関係を持ち、愛情を感じられることが子どもの福祉に資するという観点で実施されるものであるなら、親の所得により支援対象を限るべきではないと考えますが、政府の見解を伺います。
二 一定所得以上の者には、一部自己負担を求めて支援を受けられるようにすることについて、政府の見解を伺います。
三 東京都は、厚生労働省の、同居親もしくは別居親どちらかが児童扶養手当を受給しているか、同等の所得水準という基準に加えて、もう一方の親が児童育成手当を受給しているか、同等の所得水準という独自の制限を加えて対象者を絞り込んでいます。
 このように、対象者を厚生労働省の基準よりも狭めてしまうことは不適切だと考えますが、政府の見解を伺います。

 右質問する。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a193063.htm




平成二十九年二月二十一日受領
答弁第六三号
  内閣衆質一九三第六三号
  平成二十九年二月二十一日
内閣総理大臣 安倍晋三
       衆議院議長 大島理森 殿
衆議院議員初鹿明博君提出面会交流支援事業の対象者に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員初鹿明博君提出面会交流支援事業の対象者に関する質問に対する答弁書

一について
 お尋ねの母子家庭等就業・自立支援センター事業における面会交流支援事業(以下「面会交流支援事業」という。)による支援の対象者については、国が定める「母子家庭等就業・自立支援事業の実施について」(平成二十年七月二十二日付け雇児発第〇七二二〇〇三号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知)の別紙「母子家庭等就業・自立支援事業実施要綱」(以下「実施要綱」という。)において、「同居親が児童扶養手当の支給を受けており、かつ別居親が児童扶養手当の支給を受けている者と同様の所得水準にあること。又は、同居親及び別居親とも児童扶養手当の支給を受けている者と同様の所得水準にあること。ただし、都道府県等において、上記の者に対する支援の提供に支障が生じないと認める場合は、同居親又は別居親のいずれか一方が児童扶養手当の支給を受けている者と同様の所得水準にない者であるときであっても、対象者とすることができる」等の要件を満たす者とすることを示しており、面会交流支援事業を実施する都道府県等(以下「実施都道府県等」という。)が、実施要綱を踏まえて面会交流支援事業による支援の対象者を決定していると承知している。
 面会交流支援事業による支援の対象者については、面会交流支援事業の実施に要する費用を国及び実施都道府県等が支出しており、限られた財源の中で低所得者を重点的に支援するという観点から、一定の所得要件を設けることが適切であると考えている。

二について
 実施要綱では、実施都道府県等が支援の提供に支障が生じないと認める場合は、同居親又は別居親のいずれか一方が児童扶養手当の支給を受けている者と同様の所得水準にない者であるときであっても、面会交流支援事業による支援の対象者とすることができることとしている。
 その上で、お尋ねの「一定所得以上の者には、一部自己負担を求めて支援を受けられるようにすること」については、限られた財源の中で低所得者を重点的に支援するという観点から、現時点においては考えていない。

三について
 お尋ねの「対象者を厚生労働省の基準よりも狭めてしまうこと」の意味するところが必ずしも明らかではないが、お尋ねの東京都の「もう一方の親が児童育成手当を受給しているか、同等の所得水準」という所得要件については、実施要綱において「支援の提供に支障が生じないと認める場合は、同居親又は別居親のいずれか一方が児童扶養手当の支給を受けている者と同様の所得水準にない者であるときであっても、対象者とすることができる」と定めていることを踏まえ、東京都が地域の実情に応じて設けたものであると認識しており、不適切とは考えていない。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b193063.htm

本物のフェミニストは男性を差別したりしないということ

男性差別することをフェミニズムだと思っているような連中は消えてほしい

国際女性デーだからこそ、男性のしんどさにも目を向けよう

小島慶子 | タレント、エッセイスト
3/8(水) 9:00
国連「UNウィメン」親善大使の女優、エマ・ワトソンさん。『ヴァニティ・フェア』誌の撮影でセクシーな服を着た彼女を「悪いフェミニスト、偽善者」と批判する声に対して「フェミニズムの本質は、女性に選択肢を与えること」と反論しました 。そう、着たい服を着ればいいのです。「女らしさ」の押し付けに憤る人たちが、女性の権利について勇敢に語る女性に、紋切り型の「フェミニストらしさ」を押し付けてしまうのは、残念な事です。
ところで、男性はどうでしょうか。デパートのメンズ服売り場に行けばわかりますが、彼らは女性よりもはるかに選択肢が少ないですよね。女性はスカートもパンツも穿けますが、男性がスカートを穿くと「女装」と言われます。男性にも、いろんな服を着たいと思う人はいるでしょう。なのに、「男なら、スカートを穿きたくないはずだ。穿きたいと思うのは、”普通”じゃない」と言われてしまうのです。
エマ・ワトソンさんは、「男の子が女性のヒーローに憧れてもいい」とも言っています。昨年は女性たちが主人公の映画「ゴーストバスターズ」が公開されましたし、アイアンマンが世代交代して15歳の少女の「アイアンハート」になると発表されるなど、ヒーロー像もずいぶん変わりつつあります。
でも、別に超人的な力がなくても、子どもたちのヒーローにはなれますよね。そう、例えば母親だって。
そこで中3の長男に「私は君のヒーローだろうか?」と訊いてみたら、「母親」と「ヒーロー」の組み合わせに、やや混乱していました。私がパソコンを前に熱心に仕事をしているのを見て、すごいなあとか、自分も情熱をもてる仕事がしたいなあと思うそうです。でも、ママはヒーローか?と訊かれると、僕は男だし・・・と困ってしまったようです。
私と夫は息子たちに、人としてフェアであれとはよく言いますが、男らしくしろとか、強い男になれと言ったことは一度もありません。けれど彼らの頭の中には、友達との会話やメディアを通じて「男にとっての憧れは、男」という回路ができてしまっているようです。母親がヒーローでもよくない?私はそのつもりなんだけど!と話したら、それはそれでちょっと嬉しそうにしていました。
で、ふと思ったのです。ヒーローは男だと思い込んでいるのは、男性だけではないのかも。もしかしたら女性も、男性に「ヒーローであれ」と、無意識のうちに男らしさを押し付けているのかもしれない、と。ーーーそこで3月8日の国際女性デーに、男性のしんどさについても考えてみたいと思います。

■夫・息子に理想像を押し付けていないか
父親は息子のヒーローであらねばと、プレッシャーを感じている男性は多いでしょう。女性も、そうであってほしいと願うあまりにかえって夫の欠点が目につき、夫婦喧嘩の腹立ち紛れに、つい息子に「パパみたいになっちゃだめよ!」などと言ってしまうことがあるかもしれません(慚愧に堪えませんが、私はあります)。さらに絶望が深くなると、夫にヒーロー役を期待することを諦め、息子に自分の理想の男性像を教え込むことも。
かつて、日本が経済成長を続けていた頃の子育てでは「いい学校に入っていい会社に入って、お父さんより、もっと稼げる人になりなさい」というのが、母親が息子に託したヒーロー像でした。今、その昭和生まれの男の子たちが子育て世代になり、自分がママのヒーローになれなかったことを、うまく受け入れられずにいます。もう右肩上がりで稼げる時代ではなく、共働き世帯が多数派という現実に直面して、刷り込まれたヒーロー像と、妻から求められる夫像とに大きなギャップが生じているのです。
しかも厄介なのは、そんな妻たちも母親から「稼ぎのいい男が頼れる男よ」と聞かされているものだから、夫に昭和版と平成版の2つのヒーローを要求してしまうのです。よく稼ぎよく出世して、よく家事をして育児もしてね、と。男は強者なんだし、これくらいの無茶ぶりはクリアしろと思ってしまうのですね。でもそれ、本気でやったら死んじゃいます!(それを私はワンオペ育児でやってるんだよ!こっちが死ぬわ!という女性の怒りも、もっともです)。
なんだかしんどい今どきの夫婦ですが、夫に苛立ちを募らせた妻たちが、姑とは違う形で息子に望みを託す動きもあります。主婦に人気の雑誌『VERY』の20周年記念号では、ファッション的にイクメンを気取るだけで、育児や家事を本気でシェアしようとしない夫に見切りをつけ、「男の子の育て方を考えよう」という提案がなされています。
「男は仕事、女は家事」というジェンダー観を変えるべく、ママたちが立ち上がったのですね。親世代の価値観と、それを今なお支えている社会構造に対する長期戦のレジスタンスです。子育てを通じて、固定化された男女の役割を変えていこうという試みには大いに共感します。私も息子たちには、両親が私に与えたのとは違うメッセージを伝えています。
ただ、ママたちは大きな落とし穴に気をつけなければいけません。息子を自分好みのヒーローに育てて、夫の身代わりにしてしまうのです。違う違う!あなたが、息子のヒーローになるのです!・・・でもそれって、どうやって?とイメージがわかないかもしれませんね。

■「男はこういうもの」という無意識の偏見
昨年10月、ミシェル・オバマさんがニューハンプシャーで行った演説は、とても印象的でした。彼女は、トランプ氏の女性差別的な発言を激しく非難しています。注目すべきはその中で、「そうではない男性」がたくさんいることを強調していることです。あれは男同士ならよくある会話だろう、と考えるのは男性に対する偏見であり、多くの女性差別的でない男性の存在を無視することでもあるとする彼女の視点は、至極まっとうです。そして男性にも連帯を呼びかけ、断固とした態度で差別主義者にNOと言っています。
彼女の言葉は、「男性=大なり小なり性差別的な人たち、”私たち”ではない人たち」と考えてしまいがちな女性に、ハッと気づきを与えました。差別の問題を女性の怒りにとどめず、あなたも当事者であると男性に呼びかけた彼女の視点こそ、いま広く共有されるべきものではないかと思います。私たちは、同じ怒りをシェアできるのです。
あの演説を聞いて、彼女のような人になりたい、と思った子どもはたくさんいるでしょう。痛みへの共感と、フェアな視点と、怒りをポジティブな力に変える知性は、ヒーローに最も必要なものだからです。性別や人種や年齢や立場が違っても、彼女の言葉に打たれ、勇気をもらい、自分もあの人のようでありたいと思った人は、世界中にいるはずです。
ええっ、ミシェルたれなんてハードル高すぎ!と思ったかもしれませんが、べつに高学歴で演説が得意でなくても、誰にでもできることです。人を性別で判断しない。男ってね、女はね、という雑な言い方をしない。子どものクラスの集合写真で「どの女子が一番可愛いか」をうんぬんしない、駆けっこの遅い男の子をバカにしない。男の子らしく/女の子らしくしなさいではなく、人としてどう振る舞うべきかを伝える、など。女性が男女二項対立の発想から自由になり、男性に男らしさを押し付けるのをやめれば、子どもたちが女性のヒーローに出会うチャンスは、うんと増えるでしょう。
女性が女の典型を強いられて苦しむことがあるように、男性も男であれと言われて、息苦しい思いをしています。最近は、日本でも「男性学」が脚光を浴び始めて喜ばしい限りですが、男性に「男らしさ」を押し付ける社会である限り、女性にはその対称である「女らしさ」が課されることを忘れてはなりません。私たちは、「らしさ」に苦しむ仲間なのです。
女性は、男性は経済的にも社会的にも強者なのだから「年収600万未満の男はお断り」とか「おやじハゲ、臭い、邪魔」とか「もっと稼げ」とか「定年後は粗大ゴミ」とか言っても構わないと考えてこなかったでしょうか。それが結局、自分たち女性を生きづらくしているのかもしれません。追い詰められた人が最も手軽に強者になる方法は、自分よりも弱い人を支配し、自由を奪うことだからです。
私は自分が片働きで家族を支えるようになって初めて、もしそんなことを自分が言われたらと想像しました。職場で散々な目にあって疲れ切って帰宅したら「小ジワだらけでみっともねえ」と笑われ、「ママ、くさいしうざい」と言われ、「なんでもっと稼げないの?」「仕事やめたら単なる生ゴミだからね」とか言われたら、私は間違いなく壊れるでしょう。その上「女なんだから耐えろよ」とまで言われたら、ふざけんな!と暴れるかもしれません。
職場でもそれ以外の場所でも「ひどいことに耐えろ、文句を言うな、それが当たり前だ」という圧力を受け続けたら・・・。男たちは、どうやってその理不尽さに耐えたのだろう。そう考えた時、中高6年間、 痴漢(言うまでもなくこれは性暴力です)と戦いながら乗った満員の通勤電車に充満していた空気・・・あの深い恨みにも似た負のエネルギーの正体が、少しわかった気がしたのです。
日本では、どんな過酷な労働環境でも文句を言わず、組織の利益のために私生活をすべて犠牲にして働く「男らしい」男と、そんな男らしい男を讃え、身の回りの世話をすべて引き受け、どれほど身勝手なことをされても聖母のような慈愛で許し、文句ひとつ言わずに家事と育児を一人でやりきる女らしい女性が、美しい夫婦像としてかつてヒット曲にも歌われました。懐かしいですね、『聖母たちのララバイ』。企業戦士と専業主婦の歌です 。
私も子どもの頃に歌詞を諳んじて随分歌ったものですが、大人になってある日シャワーを浴びながら歌っていたときに「これ、随分な歌詞だな!」と気付いた次第。まあ、楽曲に罪はないのでそれはさておき・・・そんな世の中でハッピーなのは、滅私奉公のオトコ社会で特権を手にした、ごく一部の人だけではないでしょうか(注・それはなにも男性とは限りません)。
いまや、女VS.男の対立ではないのです。従来の「あるべき男女モデル」を好都合だと思っている人と、押し付けられて疲弊している人との理不尽な関係が、職場や家庭のいろいろな場面で軋みを生んでいます。
女性が働きやすく、生きやすい世の中とは、性別に関係なく、誰もが人間らしく生きられる世の中であり、働きながら人生を楽しむとか、働きながら家族と生きるという当たり前のことが可能な世の中です。家庭内ではつい「男は仕事ばかり!」「俺だって早く帰りたいけど無理なんだよ!」と責め合ってしまいがちな男女ですが、「なんでこんなにしんどいのか?」と一緒になって考えてみると、それは目の前の配偶者のせいではなく、今の働き方の仕組みとか、これまで常識とされてきた男女の役割に問題があるとわかります。

■「輝くロールモデル」なんていらない
もちろん、男女の不平等はなくさなければなりません。なんと言っても日本は、世界経済フォーラムジェンダーギャップ指数のランキングでは、前年よりもさらに10位も順位を落として144カ国中111位、男女の賃金格差はOECD加盟国中でワースト2位という、女として生まれるには最も不幸な国の一つですから、制度面で女性を支援しなくてはいけないのは自明のこと。女性管理職の登用や国会議員のクオータ制(男女格差をなくすために、一定数を女性に割り当てる制度)も必要でしょう。
クオータ制というと決まって「人材が少ないのにそんな制度を作ったら、凡庸な女が登用される。それはかえって働く女性の評価を下げる」という女性がいます。性別だけを理由に冷遇されている女性がいることには想像が及ばず、「私は男社会にちゃんと適応した。今のままでも、優秀な女性なら評価されるはず」というのはあまりにも視野が狭い意見です。とびきり優秀か、とびきり珍しい存在でないと、女性が管理職や議員になれない現状がおかしいのです。無能な男性管理職なんて掃いて捨てるほどいますが、それをもって誰が「男は全員無能だ」と考えるでしょう?クオータ制は「凡庸な女が性別だけを理由に優遇される制度」ではなく、女性の管理職や議員にも、男性の管理職や議員と同じように、人材の幅をもたせる取り組みです。
男性が職場の女性を褒めるときに「彼女は優秀でね、中身オトコだから」ということがあります。キャリアを積んでいる女性や、やる気に溢れる若い女性の中には「私、中身オトコですから」と自ら誇らしげに言う人もいますね。でもそれ、「私は大多数の無能な女とは違うんです」っていう女性蔑視的な本音がだだ漏れで、なんの自慢にもなってませんから!男性も女性も、中身は人間です。彼女たちが得意げにオトコと呼んでいるものの正体は、非人間的な働き方を強いるシステムと、それを肯定する価値観です。内なるオトコを誇ることは、女性への偏見だけでなく男性への偏見(そのシステムに適応して成功している男性しか、男としてカウントしていないという事実)も露呈しているのです。
「働く女性」とひとくくりにされることが多いですが、当然ながら十人十色です。正規・非正規という雇用形態の違いだけでなく、どんな働き方がしたいかも人それぞれ。キャリアを追求する女性がぶつかるガラスの天井の存在はよく知られていますが、最近は女性を分断する「ガラスの床」の存在も指摘されています。
電通総研の調査に表れているように、働いている、もしくは再び働きたいと思っている女性の全員が管理職になりたいわけではないし(私も会社員だった頃、管理職になることには全く興味がありませんでした)、大半の女性は輝く女性のロールモデルなんかいらないと思っています。「あの人みたいになりたい」ではなく「いまの私のまま、働きやすく生きやすい社会にしてくれよ」が本音なのです。バリバリ働いて役職を目指す人がいる一方で、ゆるく働くぐらいがちょうどいいという人がいるのも当然でしょう。
同じように考えている男性も、きっとたくさんいると思います。出世なんて興味ないと思っている人もいるはずです。でもそんなことを口にしたら、職場からも家族からも「ダメ男」のレッテルを貼られてしまう。女性以上に、日本の男性の働き方や生き方には選択肢がありません。女性を自由に!と言うだけでなく、声無き多数派である不自由な男たちに「しんどいと言っていいんだよ」と言うことも大切です。彼らが声をあげれば、多様な生き方が可能な世の中を望む当事者の数が、劇的に増えるのですから。私たちは、非人間的な働き方やジェンダーの押し付けに対して、一緒にNO!と言えるのです。
女性は差別を受けてきた当事者であり、排斥され沈黙を強いられている人々のシンボルでもあります。辛い思いをしている人に、あなたは怒っていいんだよ、と手を差し伸べ、励ますことができるのは、自ら痛みを知っているからこそ。アメリカの大統領就任式の翌日に行われた数百万人規模といわれるウィメンズ・マーチに参加したのは、「怒れる女性とそのアライ 」ではなく、女性に対する暴力や差別を生み出す価値観に対してNO!を突きつける、様々な立場の人たちだったのではないでしょうか。
まだまだ男性優位の社会で、自分の性別を意識しないではいられない状況に置かれている女性たちは、ときとして、この問題は女性だけのものだと考えてしまいがちです。けれど女性に限らず、誰も性別を理由に不利益をこうむったり、生きづらい思いをしてはならないのです。その視点があれば、意外にも自分のすぐ隣に、同じしんどさを抱えた見慣れた顔を・・・寝起きでヒゲが伸びているかもしれませんが・・・見つけることができるかもしれません。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kojimakeiko/20170308-00068469/

男だからといって強いわけじゃない。

買ったけど、辛くて読めない。

DV防止法のせいで、わが子に会えず苦しむ父親もいる

ニューズウィーク日本版 3/20(月) 14:46配信
父親たちの本音をすくい上げるノンフィクション『わが子に会えない』。気になるのは、実際には暴力をふるっていないのに「DV夫」のレッテルを貼られ、子どもに会えなくなる人もいるということだ>
『わが子に会えない――離婚後に漂流する父親たち』(西牟田靖著、PHP研究所)は、ある日突然、子どもと会えなくなってしまった父親たちの本音をすくい上げたノンフィクション――とだけ聞いてもピンとこないかもしれないが、冒頭に登場する「ある事件」についての記述を読めば、どういうことなのか推測できるはずだ。
 2013年のXマス2日前、都内の小学校の校庭で男性とその息子が発火するという事件があった。消し止められたが助からず、ふたりとも命を落としてしまった。男性はマスコミに勤務する40代。野球の練習をしていた息子を校庭の隅へと連れ出した後、自らに火をつけた。妻子と別居中だった男性は、子どもに会うことを制限されており、しばしば妻子の家や学校に現れることがあったという。(2ページ「プロローグ」より)
 たしかに、そんな報道があった。痛ましい事件だったが、その背後には、子どもに会いたくても会わせてもらえない父親の苦悩があったのだ。そして忘れるべきでないのは、上記の父親のように子どもとの面会を制限され、精神的に追い詰められていく人は現実に多いのだろうということだ。なにしろ、年間20万組以上が離婚しているのだから。
 なお、本書に説得力を与えている要因がある。著者自身が、上記の事件のすぐあとに当事者になってしまったということだ。
 翌年の春、妻が3歳の子どもを連れて出ていき、夫婦関係が破綻した。離婚届を受理したという通知が役所から届いたとき、一時的に記憶がなくなり、自転車をなくすほどであった。愛してやまない当時3歳の娘に会えなくなったことが、なんといってもショックだった。自分の両手をもがれてしまったような喪失感がしばらく続き、いつふらっと線路に飛び込んでもおかしくはなかった。生きている実感がまるで湧かず、体重は10キロほど落ちた。(2ページ「プロローグ」より)
そこで著者は、わらにもすがる思いで、同じように子どもと会えなくなった親たちが体験を共有する交流会に参加する。つまりそのような経緯を経て、本書は必然的に生まれたのである。
気になったことがある。身に覚えのないDV(ドメスティック・バイオレンス)を主張され、子どもに会わせてもらえず、苦しんでいる人が多いという話だ。
「数えていたわけではないが、全体の半分ぐらいはあっただろうか」と著者は記しているが、たしかに本書で紹介されている人の多くが「DV夫」としてのレッテルを貼られている(もちろん女性がその立場に立たされているケースもあるのだろうが、男性当事者の数が圧倒的であることから、本書もそちらに焦点を当てている)。
【参考記事】児童相談所=悪なのか? 知られざる一時保護所の実態
背後にあるのは、2001年にDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)が制定されたことだ。「配偶者からの暴力に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制を整備し、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図ることを目的とする法律」[内閣府男女共同参画局HP]というもの。具体的には、次のように行使されるのだそうだ。
 ――被害者は配偶者暴力相談支援センターや警察などへ出向き、DV被害について相談する。行政は被害者の申し立てを受けて被害者の居所を秘匿する。希望者は配偶者(加害者)の暴力から逃れるためにシェルター(ほぼ女性のみが対象の一次避難施設)などに避難。地方裁判所が認めれば、加害者に対し保護命令に含まれる接近禁止令や(世帯が居住する家からの)退去命令が発令される――。(5ページ「プロローグ」より)
子どもに会えなくなる状況を生み出す原因がここにある。離婚して親権を得たいパートナーが、実際にはないDV被害を訴えることで保護を望む。行政はそれに応える。結果として、加害者扱いされた側は子どもに会う機会を失う。もちろん世の中には実際にDVに苦しんでいる人も大勢いるだろう。しかし一方には、こうした経緯により「DV夫」にされてしまう人も少なくないということ。(被害者たる)パートナーを守るための制度が、本来の目的とは違う形で使われているわけだ。
「『暴力を受けた』と言った者勝ちなんです。証拠だとはとても言えないあやふやな主張がひとつひとつ積み重ねられ、DV被害者としての肩書きというか実績がどんどん加わっていくんです。裁判でDVの認定が却下されたというのに、行政や警察は、妻の言うことすべてを鵜呑みにして、妻子の住所を私に秘匿したまま。私が調べて欲しいと言っているのに、警察が捜査をしたり話を聞きに来たりしたことは一度もありません。本当に私が暴力を振るったんなら刑事事件として立件すればいいんですよ!」 40代の会社経営者、長谷川圭佑さん。穏やかで優しそうな顔をそのときばかりは引きつらせた。(59ページより)
このように、「暴力を受けた」という一方的な主張によって追い詰められる人もいることを、本書は証明している。どうしようもできずに泣き寝入りする人がいれば、納得できないからと徹底的に争う人もいる。対抗策は人それぞれだが、一般的な感覚からすると首をかしげざるを得ないようなことが現実に起きていることだけは間違いないようだ。
ちなみに本書に登場する父親たちの大多数は、裁判所や弁護士の世話になった結果、耳を疑うようなつらい体験をしてきたのだという。裁判所に悪意があるわけではなく、それどころか彼らには善意があり、専門知識を持ったスペシャリストであるはずだ。しかし官僚組織である裁判所においては、組織として回していくことが、公平な紛争解決よりも、組織防衛上、なにより重視されるということだ。
【参考記事】家事をやらない日本の高齢男性を襲う熟年離婚の悲劇
裁判官1人あたり100件以上の訴訟案件を抱えており、さらに毎日数件のペースで案件が増えていくと聞けば、致し方ない話ではあるのかもしれない。でも、だから父親たちは我慢を強いられなければならないのだろうか? 幸いなことに、そういうわけでもなさそうだ。日本でも面会交流の拡大や共同親権制度への変更に向け、国や行政が重い腰をあげるようになってきたというのである。これはアメリカの30~40年前の動きに近いそうだが、ともあれ期待したいところである。
 これまで"離婚=親子の別れ"という考えが強く、そのために別れて暮らす子どもと別居親が会うことが困難を極めた。しかし、世の中は変わりつつある。(中略)争ってでも会おうとしている親が確実に増えてきたのだ。そうした声を受けてのことなのか。子どもと離婚に関して記した日本の民法766条が2012年に変更となった。"面会交流と養育費の分担"について追記されたのだ。 2016年10月に法務省は、養育費に関する法律解説や夫婦間で作成する合意書のひな型を掲載したパンフレットを作成し、全国の市区町村の窓口で、離婚届の用紙を交付した際に配ったり、法務省ウエブサイトで公開し始めている。また、裁判所にしても面会の"相場"をゆるめつつある。(317ページより)
戦後、日本の家族の形が変わるなかで、女性の社会進出が進み、DV防止法ができるなど、女性の権利が守られるようになった。それ自体はとてもよい傾向だ。しかし今後は、父親たちや男性たちの権利も、もっと認知されるべきだと著者は主張する。つまり、そうした権利を求める動きのひとつが、父親が子どもに会ったり共同親権を求めたりする運動だということ。
 ――男だって子どもと存分にふれ合いたいし、育てたい。親として子どもと一緒に生活することで、生きて行くことの喜びを感じたり、親として成長していきたい――。(317ページより)
著者のこの言葉にこそ、子どもに会えない父親たちの本音が集約されているのだろう。
『わが子に会えない――離婚後に漂流する父親たち』
 西牟田 靖 著
 PHP研究所
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。
印南敦史(作家、書評家)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170320-00188741-newsweek-int

子どもに会えないことでの苦しみをあざけるような発言は許せない。