深刻な片親疎外の事例

【事例5】深刻な片親疎外の事例

 父親と三人の子どもたち(長女七歳、長男五歳、二女三歳)は、とても仲が良かった。一緒に海に行ったり、山に行ったり、遊園地に行ったりと楽しい思い出がたくさんある。

 しかし、夫婦仲が険悪になり出した頃から、子どもたちの態度が、変わりだした。母親がいるところでは、父親を避けるようになり、父親に対して「きたない!」「きらいだ!」「そばに来ないで!」などと憎しみの言葉をはいたりするようになってきた。このような態度は母親の父親に対する態度と全く同じである、かつ母親は「子どもたちがこんなに嫌がっているのが分からないの?」と父親をなじった。

 また父親のことを「パパ」と呼ぶかわりに、「○○さん」と名前で呼ぶようになる。

 しかし、母親の目が届かないときには、下の子二人は、一瞬、昔の親子に戻るような時もあった。しかし、そんな時でも、長女だけは、弟と妹を見張るかのように硬い表情のままであった。

 母親は、同居中から子どもたちに、父親が母親と子どもたちを「迫害する存在」であるとの、現実的根拠に全く基づかない信念、つまり妄想を吹き込み、子どもたちも父親が話しかけても無視するようになり、同居しているにもかかわらずほとんど接触がない状態であった。夫婦間の葛藤も高く、父親にとっては耐えることのできる限界に達していたが、別居してしまえば、子どもたちとの接点を完全に失ってしまうと思って耐えてきた。

 ある日仕事を終えて帰宅してみると、めぼしい家財道具とともに妻は子どもたちを連れて家を出て行ってしまっていた。やっと居所をつきとめて父親が面会交流を求めても、母親は「子どもたちが嫌がっているのが分からないの!」の一点張りで、会わせようとしない。下の子二人が通う幼稚園に会いに行くが、父親の姿を見ると子どもたちは何か「怖い怪物」でも見たかのように逃げるようになってしまった。子どもたちの変貌ぶりにすっかり心を痛めた父親が、家庭裁判所に面会交流を求めて調停を申し立てる。

 調査官が子どもたちに面接して意向を調査したが、子どもたちは、「○○さんには会いたくない」「お母さんがいればそれだけでいい」「○○さんといても楽しいことは何もなかった」「じゃまばかりする」「歯を磨かせる」「よく噛んで食べるようにとうるさい」「お母さんはうるさく言わない」などと主張する。子どもの目には母親は「一〇〇%善人」、父親は「一〇〇%悪人」である。父親を拒否する理由もあまりにも些細なことばかりである。しかも長女が答える言葉を、隣で弟も妹もまるでオウムのように繰り返すばかりであった。

 その後、試行的面会交流が行なわれたが、家庭裁判所の面会交流の場に現れた父親の姿を見ただけで、子どもたちは「怖い怪物」に今にも襲われるかのようにパニックになって、母親の助けを求めて泣き叫び、面会交流は短時間で中断せざるをえなかった。

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