「同盟を結んだ親」による片親疎外

同盟を結んだ親の性格や否定的な信念そして行動

 同盟を結んだ親側に見られる一連の行動が、子どもを他方の親から疎外していくプロセスに与える影響については、ワラスティンとケリー(1980)によってもつとに指摘されている。絶えず繰り返される同盟を結んだ親による他方の親に対する否定的な評価は、子どもの信頼と愛情を侵食していってしまう。こうした否定的評価は、時には他の親が危険だというほのめかしとしてなされることもある。同盟を結んだ親の行動の背後には、本人は意識していない場合もあるが、他方の親に対する深い不信感と虞があって、そこから子どもにとって他方の親は必要でないとの強い信念ができてしまう。そして他方の親を思い出させるような物はすべて処分してしまうことも稀ではない。子どもはこうした親の気持ちに非常に敏感であるので、他方の親のことを口にしなくなる。
 私の出会った小学1年生の女の子(第2章のケース4)も、家族画を描く時はいつも「母親と犬と自分」だけを描いていた。しかもその母親には王冠までかぶせるといった念の入れようであった。母親は、「あの子にとっての家族は私とあの子と犬だけです。父親のことは必要としていないようです。」と満面笑みで語ったが、その子は私とのプレイの中では、箱庭の世界に動物を使って、父親の背中に子どもを乗せて遊んだり、カンガルーの子どもが病気になり死にかかると、父親カンガルーが登場してその子を布団まで運び「父だから守る!」「父だから家族を守る!」と言いながら、じっとその子の上に覆い被さるシーンを演じたりと両親揃った家族への憧れや父親への憧れを強く表現した。
 同盟を結んだ親は、しばしば他方の親は子どもにとって暴力的であるとか、虐待的であるといった意味で危険であると信じていることが多い。また他方の親は子どもを愛していないとの信念をもっていることもある。したがって面会交流の取り決めをしても、直前になってさまざまな理由をつけてハガキ一枚で、キャンセルしてくるということが起きてくる。
 このように子どもを他方の親から完全に切り離し、疎外しようとする親は、実証的な研究においてもまた臨床的観察によっても、深刻な病理と怒りを抱えていると指摘されている。その病理とは、子どもとの境界の無さや、深刻な分離不安であったり、損なわれた現実検討能力であったち、子どもとの投影同一視であると言われている(Wallerstein & Kelly, 980; Johnston, 1993; Johnston & Roseby, 1997)。
(146-147頁)

「一方の親と同盟を結んだ関係」

 次に「一方の親と同盟を結んだ関係」であるが、他方の親との接触を完全に拒否したり、接触を断とうとはせず、接触を限ろうとするのが特徴である。また怒りや悲しみ、愛情、接触への抵抗といった両価感情を表現することが多いのも特徴である。こうした同盟は、結婚中の両親間の高葛藤の中で、いずれかの親に味方することを求められた結果であることが多く、また別居後に一層、強められることが多い。こうした同盟を結ぶ子どもは、白黒はっきりさせる潔癖な発達年齢である9〜12歳の子どもたちが多いと言われている(Wallerstein & Kelly, 1980)。この年齢の子どもたちは、離婚の責任はどちらにあるのか、またより傷つき、子どもの忠誠とサポートを必要としているのはどちらなのかといったことを道徳的に判断し、その結果として同盟関係が生じてくることが多い。したがってこうした同盟を結んでいる子どもは、道徳的な潔癖さと怒りを特徴とする。つまり自分たちの生活を壊したと思う親に対する激しい怒りである。しかし、こうした気持ちは一時的なものであり、信頼して話せる大人がいれば、他方の親に対しても愛情を抱いていること、また結婚中には心理的に近かったこと、また両親との接触を継続したいとの思いがあることを認めることが多い。したがって、こうした子どもの潔癖さと怒りの感情を、他方の親から引き離す方向に悪用したりすることは慎むべきである。さもないと、やがて物事を白黒で判断する発達年齢を過ぎてから、そのしっぺ返しが必ずやってくることを親は肝に銘じるべきである。最後に、同盟を結んだ子ども疎外された子どもを区別する大事な点は、同盟を結んだ子どもは、時にしぶしぶでとではあるが、他方の親を愛していること、ただ、今の時点では、その親と接触を持ちたくない気持ちであるといったことを認める点だ。さらに、これらの子どもたちは、疎外された子どもたちとは違って、拒絶した親に対してすさまじいまでの抗議をしたり、残虐な発言をしたりするということはない。
(142-143頁)


離婚と子ども―心理臨床家の視点から

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